世界のねじを巻くブログ

ゲイが独自の視点で、海外記事/映画/書評/音楽/電子書籍/Lifehack/Podcastなどについてお伝えします。ポッドキャスト「ねじまきラジオ」配信中。

「BookStack」のニュースレター読書会で2026年に読みたい本たち

ブックスタックで読む候補の小説

1か月かけて、みんなで同じ本を読むというニュースレター読書会「BookStack」。

「2026年に読みたい本」の候補をざっとあげておきます。

nejimakinikki.hatenablog.com

読みたい小説

・『星の時 / クラリッセ・リスペクトル

・『人間たちの話 / 柞刈湯葉

・『キャッチ22 / ジョーゼフ ヘラー

・『崩れゆく絆 / チアヌ・アチェベ

・『極北 / マーセル・セロー

・『ねじの回転/ ヘンリー・ジェイムズ

・『白夜 / ドストエフスキー

・『ガラパゴスの箱舟 / カート ヴォネガットJr.

・『競売ナンバー49の叫び / トマス・ピンチョン

・『ソーンダーズ先生の小説教室 / ジョージ・ソーンダーズ

・『ペンギンの憂鬱 / アンドレイ・クルコフ

・『春と修羅 / 宮沢賢治

海外文学に偏りすぎなので、
2~3冊ぐらいは日本文学を候補に増やして読むつもり。
(おすすめあったら教えてください!)

ブックスタックbookstack読書会で読みたい本、小説

どの作品もいわゆる「名作」として有名なものばかり。
みなさんが読むきっかけにしてくれればいいなと思って選びました。
(※このうちの多くはねじまき自身の積読だったりするのは秘密)

小説ばかりなので新書やマンガも1冊ぐらいは入れる予定。

新書

・『利己的な遺伝子 / リチャード・ドーキンス

今年で50周年を迎えるらしいので、有名なこれに手を付けようかなと。

漫画

・『ベルリンうわの空 / 香山哲

全3巻のドイツ生活の物語。以前から読もうと思ってたのでどこかで読書会の課題にしたいなと。

 

リクエストや読みたい本があれば、
気軽にコメント、DM、メール頂ければリストに加えますのでお気軽にどうぞ!

forms.gle

「ブックスタック」はこちらより登録できます。

bookstack1.substack.com

2026年2月は『ババヤガの夜』を読んでる最中。

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『たよりない話の中でも特にたよりない話 / 小関悠』を読んだ感想

Yu KosekiさんのZine

ねじまきブログでも何度か紹介している小関悠さんのニュースレター「#たよりない話」を集めた同人誌が去年、発売された。

2021年~2024年までに配信された200本以上の記事の中から、約40作が集められた
いわば「ベスト・オブ・たよりない話」的な一冊。

『たよりない話の中でも特にたよりない話 / 小関悠』を読んだ感想

(同人誌の実物。本の表紙もシンプルでかっこいい)

youkosekiさんは自称"もぐりのインターネット研究者"ということで、
ITやメディア関連の読み物が多いんだけれど、
今回の同人誌はより生活に根付いた話が多かった印象。

個人的には、この辺のエッセイが好き。

・「なろう系の次はしんどい系」

・「ナシナシのアリで」

・「本屋がつらい」

・「潰れた店たちの記憶」

・「成分調整飲み会」

・「贅沢な遊び」

 

いくつか本文を引用すると、こんな感じ。

だからそもそも調整さんが、みんなの出欠が見える、 完全情報ゲームな時点でおかしい。実際、みんなの出欠状況を見て自分の出欠を入れるという戦略が成り立つ。

後手有利なわけ。山田さんが○の日は×にしようかなど。
序盤は睨み合いになってしまう。

先手有利にするには、早く出欠を答えた人は飲み代が安くなるとか、そういうインセンティブ構造が必要だと思います。

「成分調整飲み会」より

 

皮肉なことにアマゾンは書影に帯がないことがわりとあって、多くの本屋よりも落ち着いている。帯とポップのない本屋があれば流行るのではと思うのだけど。

「本屋がつらい」

 

だからこそ、インターネットでウケてもウケなくても、シェアされてもされなくても、あるいはそもそもウケることを狙わずに、書きたいことを書く場所が必要なのだ。毎週書いている時はそんな大袈裟なことを考えてなかったけれど、こうして「たよりない話」を再編してみると、そう感じる。その上で、こうして一つの本になって、色々な人に読んでもらえるというのは、これ以上ない贅沢ではないかしら。

「贅沢な遊び」

文章がほんと読ませるのよね。

otonokabe.com

「頼りない話」なんてタイトルは悪い冗談で、
どれも切れ味がするどすぎて、読み慣れてくると
「あ、これはやばいぞ」みたいなのを一文目から察してしまうほど笑

「もっとポジティブなことが書きたいけれど、どうしてもネガティブな内容になってしまう」みたいな話を何度か書かれているけれど、
それについては僕も本当に共感しかなくて。

で、この『たよりない話の中でも特にたよりない話』は
残念ながら売り切れで、「感想書いても意味ないかな~」
と思ってブログを没にしてたんですが、
この度どうやら再販されるとのこと。

youkoseki.base.shop

どの話が収録されているかは言わない方がいいと思うので、
それは買ってからのお楽しみ。

そうでなくても、youkosekiさんのニュースレターはこちらより読めるので、
シニカルなユーモアセンスをお持ちの方はぜひ登録してみてください。

youkoseki.substack.com

otonokabe.com

『グレープフルーツ・ジュース / オノ・ヨーコ』を読んだ感想

小野洋子の詩集

ジョン・レノンの妻、そして現代アーティストとして世界的に有名なオノヨーコさん。

ずっと前から一番有名な詩集『グレープフルーツジュース』を読もうと思っていて、
2025年にようやく読めたので、軽く感想を書き残しておこうかなと。

(※この記事は積読チャンネル非公式 Advent Calendar 2025 20日目のブログ記事です)

先日は「読もうと思って読めてない積読」を紹介したけれど、
今回は「読もうと思ってちゃんと読めた本」の話となります。

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今回紹介するのは、『グレープフルーツ・ジュース』という
詩人オノヨーコの代表作ともいえる詩集。

グレープフルーツジュース オノヨーコ 詩 感想 読書

(『grapefruit(英語版)』はAmazonでなんと24000円以上のプレミアがついてたり・・・)


ニューヨーク在住ののアーティストとしてバリバリやっている頃の
ヨーコさんの本なので、オシャな感じではじまるのかと思いきや、
序文がこんな感じの解説的なものではじまるのがとても意外だった。

第二次大戦中、田舎に疎開しているときだんだん食べるものがなくなってきました。 いつもは活発な七歳の弟が、なんとなくしょげている顔を見て 私は胸が痛い思いでした。 「ねえ、何が食べたい?いちばん食べたいものは何?」 弟はちょっと驚いたような顔をしました。 「おいしいお献立を考えましょうよ。 私は豚汁とミートローフがほしいわ。 それから、デザートはショートケーキ」

今はもう、勇気づけのために
架空のメニューなど作る必要のない時代になりました。
でも精神的には、どうでしょう。
みんななんとなく物足りなく、おなかに風が吹いているような
何かに飢えているような気持ちで暮らしているのではないでしょうか。
習慣的な生活だけでは、たまらない。
何か新しい行為を人生につけ足したい。
それが架空のメニューであるとしても・・・・・・。
そういうふうに思っているあなたのために
『グレープフルーツ」を書きました。

いやあ、さすがにすごいね。

英語版がどうなのかは知らないけれど、
日本版は現代を代表する写真家が
詩に対する写真を掲載していて、それも込みでアートな一冊。

 

心ある人々に今も歌いつがれているこの「イマジン」は
ヨーコの『グレープフルーツ』という本に
インスパイアされたものだと、ジョン自身が語っています。

「想像しなさい」という言葉は
ヨーコがジョンにあたえた
世界を変えるためのキーワードだったわけです。
(訳者まえがき より)

 

『グレープフルーツ』は初め、1964年に500部の限定版として
東京で出版されたものらしい。
(今でいう"ZINE"みたいなことやっててそれもすごい。)

 

この詩集の特徴として、すべてが「命令形で書かれている」ということ。

 

一つ目がこれ。

地下水の流れる音を聴きなさい

 

この詩もよかった。イマジンの元ネタとして有名なやつ。

想像しなさい。千の太陽がいっぺんに空にあるところを。一時間かがやかせなさい。それから少しずつ太陽たちを空へ溶けこませなさい。ツナ・サンドウィッチをひとつ作り食べなさい。

ツナ・サンドウィッチをここに出すセンスの良さよ・・・。

 

これも好き。

思い出を脳の片半分に入れなさい。
そこに閉じこめ、忘れなさい。
脳のもう片半分に
それを探させなさい。

 

録音しなさい。
石が年をとっていく音を。

ブライアンイーノって感じ。

 

極めつけがこれ。

この本を燃やしなさい。
読み終えたら。

 

約100ページのコンパクトな詩集だけど、いろいろ刺激を受けたので、
読めてほんとによかったなと。

音楽家としても素晴らしすぎる方なので、
詩集とアルバムもあわせて、

 

一足先に、メリークリスマス。

HAPPY XMAS (WAR IS OVER)  John & Yoko Plastic Ono Band

War Is Over If You Want It.

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生成AI時代に"読書すること"の価値を考える。

本を読む意味とは

どうも、ねじまきです。
数秒で答えを取り出せる人工知能の時代に"わざわざ1冊何時間をかけて本を読むことの意味って何なのか?"を少し考えてみました。

(※この記事は 生成AI Advent Calendar 2025 - Adventar 19日目のブログ記事です)

nazology.kusuguru.co.jp

海外でも話題になっていた記事だけど「毎日趣味で読書をしていた人の割合が、40%以上も減少していた」という研究結果が出たらしい。(どこまで信用おけるデータ化はさておき)

 

1冊読むのに何時間もかかる本、一見タイパもコスパも悪いのに、なぜ

 

Kindleハイライトを検索して、"読書の意義"みたいなものについて考えさせてくれる本をいくつか引用してみようかなと。

・『読書の価値 / 森博嗣

つまり、自分の時間と空間内では経験できないことであっても、他者と出会うことによって、擬似的に体験できる。人を通して知ることができるのだ。これが、群れを成している最大のメリットだといえる。

 

さて、そんな未来において、「本」は、限りなく「人」に近づいているはずだ。一冊の本ではなく複数の本で、あるいは本以外のものを含めて、仮想の人格となって、ユーザの相手をしてくれるものになるだろう。

 

連想のきっかけとなる刺激は、日常から離れたインプットの量と質に依存している。そして、その種のインプットとして最も効率が良いのが、おそらく読書だ、と僕は考えているのだ。

 

小説は、すべてが一人の頭脳から生まれる。結局、人は人に最も興味を示し、人に憧れ、人に導かれたい、と願うものだ。

普段出会えない体験を疑似的に体験できるちう魅力。

この本は2018年に書かれた内容だけれども、AIについての言及があるのも面白い。

 

 

・『読書について / ショーペンハウアー

読書は、読み手の精神に、その瞬間の傾向や気分にまったくなじまない異質な思想を押しつける。ちょうど印章が封蝋に刻印されるように。

 

さらに、紙に書き記された思想は、砂地に残された歩行者の足跡以上のものではない。なるほど歩行者がたどった道は見える。だが、歩行者が道すがら何を見たかを知るには、読者が自分の目を用いなければならない。

作者の思考を追う過程にこそ価値があるので、
いきなり目的地についてもあまり意味がないという話はほんとうにそうだと思う。

 


・『読書する人だけがたどり着ける場所 / 齋藤孝

逃げ出さずに最後まで話を聞くとどうなるか。それは「体験」としてしっかりと刻み込まれます。読書は「体験」なのです。実際、読書で登場人物に感情移入しているときの脳は、体験しているときの脳と近い動きをしているという話もあります。

 

AIが出てこようが出てこなかろうが、「自分の人生をいかに深く生きるか」が重要なのではないでしょうか。

 

読書の楽しみは、その本のワールドをじっくり味わうことです。 いわば「 味読」です。深い世界に触れて、それを楽しむ心が必要なのです。そういう心がないと、それだけの時間とエネルギーを割けないでしょう。

 

同じ本の中で、宮崎駿監督によるこんな文章も引用されていた。

ただ、基本的には、ビデオのスイッチをつけるということと絵本を開いて見るということは本質的に全く違う行為だと思います。 映像は、見ている見ていないに係わらず一定のスピードで送りだされる一方的な刺激ですが、絵本は、違います。今のように子どもたちが、映像に頼れば頼るだけ、これからは現実の生活の中で、絵本を楽しむような時間が必要になってくるんじゃないですか。 (『折り返し点』 宮崎駿/著 岩波書店)

 

意識の底に「潜る能力」、というのは本で養われる部分は大きいと思う。

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Twitter(X)だとこんな意見があったり。

「生成AI使ってると思考力が衰える」系の話、「自動車に乗ってると脚力が衰える」と同様、それなりに正しくもあり、それなりに極端でもあるわけですが。 人間の持てるさまざまな能力のうち、論理的思考力を「他の諸能力とは違う、人間を人間たらしめる卓越した能力」とみなせば、それは由々しき事態ですが、膂力や脚力や数値演算能力と同じように、機械に代替されても人間の存在意義が損なわれるわけではない能力のひとつとみなせば、いずれは「それ昔は人間がやってたよね〜」という話になるかもしれない。 んでアクセンチュアあたりは「ポスト生成AI時代の人間に求められるのは情熱、共感、倫理etc.」とか言い出している。

muchonov (@muchonov.bsky.social) 2025-09-10T02:50:27.769Z

bsky.app

ポスト生成AI時代の「共感力」の重要さはよく言われることではあるけれど、

「共感する力」「感情をかきたてる媒体」という意味での"読書の価値"っていまだに失われていないと思う。

 

こんなツイートも。

おもったけどChatGPTは「大量言語データを確率的に平均化した、一般化された思考装置」そうすると、この時代における「本」というのは「平均ではなく、特定の人生・状況・時間が一点に収束した『非平均的な思考の記録』」だからこの時代の本の価値は、確率では再現できない「一回性の収束結果(レア体験)」にある。

これもなるほどな、という感想。

 

高島鈴さんのコラムが印象に残った。

『布団の中から蜂起せよ』で名を知った方。

gendai.media

現代社会はものすごく人の気を散らすものに溢れていて、その誘惑に打ち勝ってまで一冊の本と向き合い切るのは、実のところ並大抵の行動ではないだろう。だから読書会が流行るのかもしれないよね。他人と一緒に感想を言い合う、という予定があるなら、それに合わせて読んでいかないといけないし、そういうプレッシャーあってこそ進む読書というものは確かにあるでしょう。

最近、読書会が流行っている背景に、AIの存在があるのは気のせいではないと思う。

 

海外のこんな記事も面白かった。

・もし誰も本を読まなくなったらどうなるか?

www.thefp.com

AI時代に価値を失わない読書とは、測定可能なROIも、拡張可能な指標も、いかなる種類の直接的な市場価値も持たない読書だ。

それは人生に似ていて、その本質は物語そのものでありそれを「理解する」唯一の方法は、物語に浸り、自分自身を変えることである。

言い換えれば、魂と魂の交わり以外には何も提供できない。
しかし、もしそれを大切にできないなら、他に何の価値があろうか?

明日からすぐに役立つものになるか?といわれるとそうではないかもしれないけれど、
本でしか味わえない体験があるからこそ、本は未だに読まれているんだろうなと。

 

・『いまファンタジーにできること / アーシュラ・K・ル=グウィン

ファンタジーは、善と悪の真の違いを表現し、検証するのに、とりわけ有効な文学です。わたしたちの現実が見せかけの愛国心と独りよがりの残忍さへと堕落してしまったように思われる、このアメリカで、想像力による文学は、今もなお、ヒロイズムとは何かを問いかけ、権力の源を検証し、道徳的によりよい選択肢を提供しつづけています。

想像力は倫理について考えるのに役に立ちます。戦いのほかにたくさんの比喩があり、戦争のほかにたくさんの選択肢があります。そればかりか、適切なことをする方法のほとんどは、誰かを殺すことを含んでいません。

ファンタジーは、そういうほかの道について考えるのが得意です。そのことをこそ、ファンタジーについての新しい前提にしませんか。

闇の左手』を読んだ後に、
ゲイがどうだとか、トランスジェンダーがどうだとか
批判するのは馬鹿バカしくなってくるはず。

新たな視点を見せてくれる強さが、間違いなくあの本にはあるし。

 

"反AI"の人みたいに思われたくはないので、一応良い方向のAIニュースも少し。

Kindle端末のAI機能がアップデートされるという話。

japan.cnet.com

否定的な意見が多いけれど、個人的にこれ自体はアリなんじゃないとか思ってて。

「ヘンリーって誰だっけ?」

「ここまでのあらすじを教えて」

「この警句は聖書の引用だったりする?」

「ブライトンビーチってどんなところ?」

「表現がわからないんだけど、簡単なことばになおしてくれる?」

とか、まあそういう質問で出来そうなことは色々ありそう。

例えば、
「ブライトンビーチ」と聞いて情景がパッと浮かぶ日本人は少ないだろうし、
「城崎」と聞いてあの温泉街が浮かぶイタリア人はそれほど多くないはず、

地図が出てきたり、脚注+αな補足情報がスッと出てくるなら、
それは良い方向のAIの使い方だと思う。

そういう意味で、これからの「読書体験」というものが大きく変わってきそうだとは思うし、AIのちからで"対話できる本"というのは当たり前になってくると思う。
(実際に海外ではそういうサービスがいくつか出てきたりしているし)

まあとにかく、
ここ3年で読書体験というものは良くも悪くも大きく変化するだろうなと。

まあ楽しく本が読めたら、それ以上のものはないよね。

長くなってきたので、そろそろこの辺で。

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2026年に読みたい積読本10選+αをまとめてみた。

積ん読している本

どうも、ねじまきです。
年の瀬も近づいてきたので、今積ん読している本かつ、来年読みたいなと思っている本を紹介していこうかなと。

(※この記事は積読紹介 Advent Calendar 2025 - Adventar18日目のブログ記事です)

ということで、さっそく箇条書き+一言コメントで書いていきます。

 

・『ホーメロスのオデュッセイア物語

今年の夏はクリストファー・ノーラン監督がホメロスの『オデュッセイア』を映画化するとのことで、予習のために簡易版を読む予定。

2026年1月に『BookStack』にて読書会をする予定です。

 

・『ビリー・サマーズ / スティーブン・キング

殺し屋が主人公の物語。

面白いんだけれど、なんだか一気に読むのがもったい
ほんっとうにじっくりゆっくり読んでいて、2024年から読んでいて、

今は下巻の8分の1ぐらいなので、さすがに夏ぐらいには読み終わろうかなと。

 

・『春と修羅 / 宮沢賢治

あの宮沢賢治の詩集。

「春」ということで、
来年4月か5月に『BookStack』にて読書会をする予定です。

 

・『モロー博士の島 / H.G.ウェルズ

ずっと前から気になっている古典SFだけど、いまだに読めてないやつ。
夏っぽいのでこれも夏に読む予定。

 

・『共生虫 / 村上龍

村上龍、わりと色々読んでいるけれど、
共生虫はなんか学生の頃、途中で読むのを止めちゃって、それ以来読んでなかったり。

インターネットものなので今読んだらまた新しい発見があるはず。

 

・『ゴールドフィンチ / ドナ・タート

スティーブンキングや村上春樹も太鼓判を押す、エンタメ小説として有名な作品。
面白いのはたぶん間違いないけど、全4巻ということでなかなか手が出せないのよね・・・。

2026年に読みたい積読10選+α アドベントカレンダー

 

・『ペンギンの憂鬱 / アンドレイ・クルコフ

ウクライナや死亡記事に関する小説、というのを知っていて、前から読みたい一冊。

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・『創作者の体感世界 / 横道誠

タイトルに惹かれて購入したキンドル本。
少しだけ読んで、面白いのは確信しているので今年中に読むつもり。

 

・『人間たちの話 / 柞刈湯葉

日本人作家のSF短編小説集。

最近のSFもどんどん読んでいきたい。

 

・『死を考える / 『エース』編集室

人の死、については色々思うことがあるので、今年はこれを読むつもり。

 

・『SQ: かかわりの知能指数 / 鈴木謙介

社会学的な一冊。
人工知能の時代だからこそ、EQやSQ的なもの、大切にしていきたいなと。

 

・『ソーンダーズ先生の小説教室 / ジョージ・ソーンダー

ロシアの短篇小説をもとに、小説の書き方を伝授してくれる本。
1章だけ読んで止まってしまっているので、来年こそは読むつもり。

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・『アップダイク自選短編集 / ジョン・アップダイク

数編だけ読んで放置状態なので、寝る前とかに少しずつ読んでいきたい。

 

10冊といいつつ、キンドル本と机に積んである本を紹介すると13冊になってしまったのでそろそろこの辺で。

 

毎月、一か月かけてみんなで同じ本を読むオンライン読書会『BookStack』やってます。

こちらより登録していただれば、
2026年1月より『オデュッセイア物語』の読書会のお知らせがメールで届くはずなので、気になるかたはお気軽にどうぞ。

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「十二月の十日 / ジョージ・ソーンダーズ」の短編小説を12月10日に読んだ感想

George Saundersの短篇

アメリカの小説家ジョージ・ソーンダースの短篇小説集『十二月の十日』(岸本佐知子訳)に収められている表題作を読んだ感想を書いてみようかなと。

(※この記事は 読書感想文 Advent Calendar 2025 10日目のブログ記事となります)

せっかくなので、12月10日の当日に読んでみたいな、とふと思ったので、
ようやく当日に読んだ感想つらつらと。

 

「十二月の十日 / ジョージ・ソーンダーズ」の短編小説を12/10に読んだ感想

 

「十二月の十日」は短編集の最後に収録されている作品。

あらすじを一言で書いておくと、

英雄になった空想にふける孤独な少年と、自殺を願う癌の患者が同じ森を散歩していたが・・・。

という感じ。

 

ここから先はネタバレありなので、未読の方はご注意を。

感想・レビュー

読みながら思った感想を引用交えてちょこちょこ書いていきます。

 

・はじめ、少年の妄想が続くので、いまいちストーリーがつかめなかった。

地底人をやっつけるごっこを一人でしながら歩いていると、
極寒の中、はげた男がコートを脱いでいるのを見かける少年。

 

ぼくは誰かを助けるんだ。たぶん、今度こそ、本当に。

 

でも昔の英雄たちだって、若いころみんなこういう恐怖に直面したんじゃないだろうか? この恐怖を克服することこそ、真の勇気の証なんじゃないだろうか?

 

湖の上を歩きだす、禿げた男。

そのまま湖に入って自殺しようとしたところを、
男の子が助けてくれる。

 

そして、男性が目を覚まし、

子供が自分を助けてくれたせいで、
水にびしょびしょになりながら氷の上に横たわっている。

この子のふるえに比べれば、自分のふるえなど無に等しかった。
手持ち削岩機で掘削しているみたいだった。
体を温めないと。どうやって? 体を抱く、それとも上に覆いかぶさる?
だがそれじゃアイスキャンディにアイスキャンディを重ねるみたいなものだ。

 

目を覚まして家に一目散に帰る少年、
ただ、少年も男性を残して家に帰ってしまったことを後悔し、恥じる。

それで・・・。

 

最後に再び希死念慮が、彼を襲う。

大変だ。
おれは大変なことを。
おれは自殺しようとしている。自殺しようとしている、知らない子供まで巻きこんで。冷えきった体で森に消えていった、あの子。クリスマスまであと二週間という日に、おれは自殺しようとしている。モリーが一年でいちばん好きなクリスマス。
モリーは心臓が弱い、パニック症の気もある、もしもこんなことが―

 

これから先にはきっといろんなつらいことがある。
それでもおれは望むのか? それでもまだ生きたいか?
ああそうとも、生きたい、おれは生きたい。
神様、どうかおれを生きさせてください。

なぜならおれにはわかったんだ、今やっとわかった、少しずつわかりかけてる ――――もしも誰かが最後の最後に壊れてしまって、ひどいことを言ったりやったり、 他人の世話に、それもすごいレベルで世話にならなきゃならなくなったとして、それで彼は思い出した。あの茶色の染みがあいかわらず自分の頭の中にあることを。 これから先にはきっといろんなつらいことがある。 それでもおれは望むのか? それでもまだ生きたいか? ああそうとも、生きたい、おれは生きたい。神様、どうかおれを生きさせてください。

なぜならおれにはわかったんだ、今やっとわかった、少しずつわかりかけてる──もしも誰かが最後の最後に壊れてしまって、ひどいことを言ったりやったり、他人の世話に、それもすごいレベルで世話にならなきゃならなくなったとして、それがなんだ? なんぼのものだ? 奇妙なことを言ったり、やったり、不気味で醜い姿になることの、なにが悪い? 糞が脚をつたって流れて、なにが悪い? 家族に抱きかかえられ、向きを変えられ、食べさせてもらい、下の世話をしてもらうことのなにが悪い、逆だったらおれは喜んで同じことをするのに?

 

それでもおれにはわかったんだ、そこには同時にたくさんの──たくさんの良いことのしずく、そうおれには思えた──何滴もの幸せな、良い絆のしずくがきっとこの先にはあって、そしてその絆のしずくは──今までも、これからも──おれが勝手に距離できるものじゃないんだ。

 

よく聞くんだ、エバーはかすれ声で言った。きみはすばらしかった。パーフェクトだった。おじさんはちゃんと生きてる。誰のおかげだと思う? ほら。おれにもできることがあるじゃないか。この子を元気にしてやれたじゃないか? おれが言った一言で? だからだよ。だから生きる意味がある。そうじゃないか? 生きてなかったら、誰のことも勇気づけられないじゃないか? 死んじまったら、なに一つできないじゃないか?

 

短くて恐ろしいフィルの時代』や『リンカーンとさまよえる霊魂たち

けっこう皮肉や政治批判みたいなのを込めたブラックコメディー的な物語が多い印象があったけれど、この最後の話に関しては、わりとストレートな「泣ける話」だった。

十二月の十日』の短編集の中ではわりとシンプルな設定なのも印象的。

なぜ12月10日というタイトルなんだろう?と思ったら、
「クリスマスまであと2週間なのに、こんな悲惨な状況の男性」
というのを強調する舞台設定なんだろうなと思った。

 

映画『素晴らしき哉、人生!』でも、クリスマスイブの日に、男が絶望している話だったのをふと思い出したけど、
聖夜を前にして絶望する男が希望を見出す、みたいな話はアメリカの定番なのかもしれないな~と読みながら思った12月10日だった。

 

ちなみに、原文(English)はニューヨーカーで無料で読めたりするので
英語いける方はこちらでもどうぞ。

But wasn’t this feeling of fear the exact feeling all heroes had to confront early in life? Wasn’t overcoming this feeling of fear what truly distinguished the brave?

 

「Talks At Google」のYoutube / Podcastにて、
ジョージソーンダース自身がこの本について語る講演も上がっていたので、
聴き終えたら備忘録がてらまたブログ書こうかなと。

 

BookStack』にて、『十二月の十日』ニュースレター読書会を開催中です。

一か月かけてみんなで同じ本を読む試み、
まだまだ間に合う(僕も読んでる途中)なので気軽に参加してみてください。

Netflixで映像化もされた「スパイダーヘッドからの逃走」が良すぎたので、
またニュースレターで語るつもり。

明日、第一回目のメールを配信予定です。

bookstack1.substack.com

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チャック・パラニュークが書いた文章術についてのエッセイまとめ

Chuck Palahniukのライティング論

海外のウェブをさまよっている間に、あの『ファイトクラブ』原作小説を書いた
チャックパラニュークの文章術をまとめたエッセイ集があったので、軽く紹介してみようかなと。

(※この投稿は、小説を書く人のエッセイ Advent Calendar 2025 - Adventar 5日目のブログ記事です)

 

まとめた内容は、下記のリンクからPDFが読めます。

・「Craft Essays by Chuck Palahniuk 2005~2007」(PDF)

https://johnpauljaramillo.com/wp-content/uploads/2020/10/36-writing-craft-essays-by-chuck-palahniuk-1.pdf

 

英語もいけて興味ある人は頭から、
そうでない人は、NotebookLMなんかに放り込んで、色々試してみてください。

 

この記事で軽く紹介した
Consider This: Moments in My Writing Life after Which Everything Was Different』と
かぶる内容もあるけれど、
とても参考になる実践的なアドバイスばかりだった。

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・『Consider This

チャック・パラニュークの文章術 consider this ライティング・エッセイ

 

印象に残った部分

印象に残った部分や要点をざっくりと紹介。

・ハートメソッドとヘッドメソッド

心でつながるハートメソッド(スティーブン・キング風)
圧倒的なリサーチや知識で圧倒する、ヘッドメソッド(トム・クランシー風)

 

・馬のたとえ

物語で繰り返すものを、少数に絞り込むこと

→ それで引っ張らせる

チャックパラニュークでいうと、故郷について書いたエッセイがそれにあたるらしい。

 

まず悪いことが起こる、
→何かすると、さらに悪いことが起こる、というシンプルな構造

 

Big O(円形構造)

→物語の結末やクライシス(危機)から語り始め、そこからフラッシュバック(回想)に入り、物語の残りの部分でその危機に戻ろうとする構造のこと。

・『ファイト・クラブ』

・『華麗なるギャツビー』

・『ティファニーで朝食を』

がそれに当たるんだとか。

 

・短編小説には「キルト型」の構造が効果的らしい。

→キルト形とは、複数の短い独立した物語や行動を、より大きな一つの「包み込む物語(Envelope Drama)」のことで、ミュージカルの『コーラス・ライン』がそれにあたるらしい。 (有名だけど見たことないので近いうちにみる)

 

・"チェーホフの銃"の原理に対しての「埋められた銃」
→銃が良質であるかどうかは、いかにうまく隠されているかにかかっている。物語の序盤で、読者の注意を真実から逸らすように描写することが重要。

 

・現在のシーンが、以前の疑問に何を答えるのか、そしてどのような新しい、より大きな疑問を提起するのかを明確にすることが重要

 

・ジェスチャーや身体的な動作による文章のコントロールについて

→動作を挿入することで、次の会話や「次の音符」までの緊張の長さと強度を正確に制御できるようになる (わかりやすい・・・)

 

・執筆がはかどらない場合

→家で書くことが難しい場合、外部の教室的な環境(例:不動産セミナー、引退計画セミナー、教会の後部座席、自動車局、州司法試験など)を利用して、意図的に自分を「閉じ込める」ことで執筆を促す、とのこと。

チャックパラニュークらしく、ユニークなやり方だなと。笑

 

・比喩をなるべく使わずに、強い動詞を活用して、読者の脳を刺激する

→だからChuck Palahniukの小説は生々しく感じられるのかもね。

ざっとこんな感じ。

僕自身は、短編を数作書いたことがあるかないかぐらいのそれだけど、
こういうの読むとなんか励まされるよね。

来年こそは、それなりの短編集かエッセイ集か、なにかしらZine的なものを書こうと思ってたり。

オチもないけどこの辺で。

・追記(2026.1.7): 『創作のルール: 最初の一行で読者を惹きつける技法』という本が出るらしいです!

チャック・パラニュークの『創作のルール』本が出るらしい。 - ねじまき日記

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宮本輝『泥の河』の舞台の文学碑を訪れた。

小説ゆかりの地

以前、カズオイシグロ原作の映画『遠い山なみの光』が、
宮本輝の『泥の河』を参考にして作られたのではないか?という話をしたけれど、
ひさびさに『泥の河』の舞台の場所へ行ってみた話を書こうかなと。

このブログ記事は、川見てる Advent Calendar 2025 - Adventar 3日目の記事です。

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読んだことがない人にも情景が伝わるように『泥の河』の冒頭部分を引用してみる。

堂島川と土佐堀川がひとつになり、安治川と名を変えて大阪湾の一角に注ぎ込んでいく。その川と川がまじわるところに三つの橋が架かっていた。昭和橋と端建蔵橋、それに船津橋である。 

宮本輝『泥の河』の舞台と文学碑を歩く 湊橋から見た土佐堀川 

湊橋から見た土佐堀川。

川が合流し、安治川に名前を変えて大阪湾に流れていくという風景。

 

藁や板きれや腐った果実を浮かべてゆるやかに流れるこの黄土色の川を見おろしながら、古びた市電がのろのろと渡っていった。

安治川と呼ばれていても、船舶会社の倉庫や夥しい数の貨物船が両岸にひしめき合って、それはもう海の領域であった。

だが反対側の堂島川や土佐堀川に目を移すと、小さな民家が軒を並べて、それがずっと川上の、淀屋橋や北浜といったビル街へと一直線に連なっていくさまが窺えた。

 

川筋の住人は、自分たちが海の近辺で暮らしているとは思っていない。実際、川と橋に囲まれ、市電の轟音や三輪自動車のけたたましい排気音に体を震わされていると、その周囲から海の風情を感じ取ることは難しかった。だが満潮時、川が逆流してきた海水に押しあげられて河畔の家の真下で起伏を描き、ときおり潮の匂いを漂わせたりすると、人々は近くに海があることを思い知るのである。

宮本輝 泥の河 舞台を歩く

川には、大きな木船を曳いたポンポン船がひねもす行き来していた。川神丸とか雷王丸とか、船名だけは大袈裟な、そのくせ箱舟のように脆い船体を幾重もの塗料で騙しあげたポンポン船は、船頭たちの貧しさを巧みに代弁していた。

 

夏にはほとんどの釣り人が昭和橋に集まった。昭和橋には大きなアーチ状の欄干が施されていて、それが橋の上に頃合の日陰を落とすからであった。よく晴れた暑い日など、釣り人や通りすがりに竿の先を覗き込んでいつまでも立ち去らぬ人や、さらには川面にたちこめた虚ろな金色の陽炎を裂いて、ポンポン船が咳込むように進んでいくのをただぼんやり見つめている人が、騒然たる昭和橋の一角の濃い日陰の中で佇んでいた。

 

泥の河 ぽんぽん船テラス

↑ ここの「ぽんぽん船テラス」で泥の河の一人芝居も行われたことがあるんだとか。

 

昭和三十年、まだ馬車を引く男の姿が残っていた頃の大阪の風景を描いた小説。

今や堂山あたりは立派なビルがぼんぼんそびえたっているけれど、
ほんの70年前には、戦争の跡が生々しく残ってたんだろうなと思うと不思議な気分になる。

これが小説『泥の河』舞台の地の文学碑。

宮本輝 文学碑 『泥の河』 川見てるアドベントカレンダー2025年

実はこの文学碑に来るのは2度目で、

2017年に小栗康平監督による映画版 『泥の河』をみた翌週ぐらいに、
用事があったときに訪れたことがあったり。 (ブログでも拙い感想書いてたり)

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ちなみに映画のロケ地はここではなく、
小栗橋という名古屋の橋らしい。

 

文学碑を訪れた後は「大阪・関西万博デザイン展」に行ってミャクミャクに込められたデザインのねらいを読み解いたりして、それもなかなか良かった。

 

宮本輝という方、若い人は知らないだろうけれど、まだご存命の作家さん。
最近は富山の薬売りの小説を書いていたりするのをちらりとニュースで読んだり。

あと、調べていると、追手門学院も宮本輝ミュージアムがあるのを知った、次用事あるときに行かねば・・・。

宮本輝のいわゆる"川三部作"の中で、だんとつに好きな作品で、
人生で読み返した回数 TOP3 には入るぐらい好きな小説だったり。

短いほぼ中編のような作品なので、小説好きの方はぜひとも。

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『GIGAZINE 未来への暴言 / 山崎恵人』を読んだ感想

ギガジン編集長の本

お盆休みということで過去にKindleでハイライトした文章を漁っていると、
GIGAZINE編集長の山崎恵人さんによる『GIGAZINE 未来への暴言 / 山崎恵人』の読書メモを発見した。
ブローガストの勢いを借りて、軽くブログとしてまとめてみようかなと。

gigazine未来への暴言 山崎恵人 

 

個人的に印象に残った部分をつらつら書き残していきます。
(できるだけ今の時代に読んでも面白い部分を優先しました)

 

GIGAZINEは各カテゴリの記事がトップページに時系列順にずらっと並んでおり、一般のニュースサイトにあるような細かいカテゴリ分けというのをしていません。これは、専門バカになってはいけない、というメッセージです。

いわれてみれば、大きなカテゴリ分けしかないし、タグみたいなのは存在しない設計。

 

ネットの出現前から 専門バカ というのは登場していました。その極端なケースが音楽です。

冒頭からなかなか飛ばした物言いが好き。でも確かにそうなのかも。

 

「理性・知性・感性」のバランスについての話も面白かった。

・知識を脳内ではなくネット上などの外部に貯め込む
・どこかに貯め込まれている知識を効率よく引き出すための連想力と発想力
・必要な知識を教養として身につけるための仮想体験・仮想経験

 

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ネットの場合はそうはいきません。どこが一番最初の情報源なのか、それは信じるに値するのか、本当のことなのか?常にそういう 真偽確認の戦い、ソースの確認の戦い です。

書籍だとちゃんと原典にあたりやすいですしね、インターネットはそこが難しい。

 

その中からYouTubeの運営陣がGoogleを選んだ理由、それが「法的に戦ってくれる弁護士軍団を所有していること」 でした。つまり、YouTubeは最初から「著作権」 という法律と正面から戦うことを前提とし、 著作権の概念を破壊することを目的としている企業だったわけです。

YoutubeとGoogleが組んだ経緯を詳しく知らなかったけれど、そうなんだ・・・。

 

ユーザーの忠誠度が高いにもかかわらず、その忠誠心を裏切って壊滅しかけているのが音楽業界です。

Bandcampや高額のアナログレコードがわりとメジャーになり、昔より少しはマシになったのかな・・・?

他にもファンがパトロンになる「パトロンモデル」成立への道についても詳しく書かれていて、「投げ銭が当たり前になる」という現代をこの段階から予想していたのはすごいなと

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変化は不可避であり、その変化にいち早く適応したところが一番生き残る確率が高いわけです。

 

そのときにいかにして効率的に、手軽に、抵抗感無く金銭を移動させるか? その手法を確立させたところが今後の覇権を握る可能性が大きいですし、逆に言えばこのような少額決済をさらに下回る超少額決済をどこが提供するのか、それは一企業がすべきなのか、それとも資金移動専門の国際的機関を新たに設立すべきなのか?そういう問題が新たに発生するはずです。

少額決済システムというのは、現在の勝利者であるAmazonやAppleをも倒す可能性がある と言えば、かなりわかりやすいはずです。

少額決済を獲ったところが最強、みたいな話はほかのビジネス本でもよく読むけれど、
日本では意外とまだ流行ってないような。(Paypayが一番近いんだろうけれど)

中国だとその辺うまくやっている印象。

 

もっともっと各自が自分自身に関する情報で共有可能なものについては積極的にインターネットという場に提供して後続のために残していく、いわば ライフログとでも言うべき活動を積極的に展開できる下地作り、さらには現実の世界とネット上の情報とをつなげて連携させる仕組みの充実が必要 です。

ライフログ、という言葉はずいぶん前に聞かなくなってしまったけれど、
AIの時代だからこそLifelogブームはまた来る気はしているんだよね。

 

学校というのは現代社会において最初で最後の防波堤 なのだ、という意識が必要なのではないかと常々考えています。

AI時代における教育現場を考えると、これは今だからこそより響く話。

 

それでもなお、高校や大学が存在し続ける理由はとりもなおさず、「無理矢理にでも環境の力で勉強させる」 という点にありますし、まだまだインターネットだけで全てが完結できるわけではないためです。

 

小学校・中学校といったレベルの教育内容であれば暗記は必須ですが、それよりも先の専門分野になってくれば、必要なのは適切な情報と知識をインターネットから取り出す取捨選択の力になります。

暗記教育が無意味になったのは、AI時代以前のインターネット時代から。
今は適切な情報と知識をAIからどう取り出して活かすか、みたいなのが重要なんだろうなと。

 

ネットで検索して得た知識を実際に自分の生活や自分の身に起きている問題に当てはめて実行していくこと、それが究極の試験問題です。

うーん、確かに。

 

すなわち、 インターネットが存在する以上、今後は問題を出す側の能力も同時に問われる のだ、ということに他なりません。

これも人工知能の時代にも通用する話。

 

実際には各自の好みはバラバラであり、結局はニッチの集合体でしかないという実態を明らかにしました。こうなってくるとインターネットはかなり有利な場だということがわかります。というのも、 インターネットの利用者自体の傾向として、「自分の好きなものしか見ない」 ためです。

 

だからこそ、 GIGAZINEはカテゴリを細分化してニッチを狙うのではなく、あらゆるニッチを狙うという方針 で運営してきた、という次第です。

確かにインターネットから食レポまで、膨大な記事を出しているのに、どれもニッチどころを攻めている印象。

 

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本当に 人間一人が知ることができる情報の種類はこんなにも増えているのに、知ろうとする情報の幅はどんどん狭くなるばかり です。

 

インターネットを利用する人が増えれば増えるほど、このもうひとつの世界は仮想世界ではなく、現実の世界の完全な鏡像世界、双子でうり二つの世界としての側面を強めていくはずです。

メタバースうんぬんはさておいても、インターネットは「現実の世界の完全な鏡像世界」という認識は大切。

 

また、面白い特徴として、 ポジティブなコメントを残す人はあらゆることについて大抵ポジティブな反応をしており、ネガティブなコメントを残す人はあらゆる事についてネガティブな反応をしている、という事実があります。

ということは、 真に問題となるのは、普段はポジティブな評価を下す人がネガティブな評価を下した場合、さらには普段ネガティブな評価を下す人がポジティブな評価を下している場合 です。

これも面白い話。実感としても首を縦に振るしかない。

 

10人中9人に嫌われてもいいから残りの1人に興味を持ってもらう」というのは、そういう小さな反応だけれども、大きな意味を持つ声を拾い上げるという作業の繰り返しであり、それは現実世界では音声情報として消えてしまうものを、インターネット特有の文字情報として記録される特性を利用することによって、要するに「検索」することで常に検証し続けることが可能になったからこそできる芸当、というわけです。

音楽や映画の一般人のつぶやきレベルの感想を検索できるのはインターネットのよいところ。

 

対価を用意していなくても、前借りする必要はない、自分に払える分だけを払えばいい、そういう可能性が残されているわけです。「パトロンモデル」 はそのギャップを埋める回答の一つです。

投げ銭の本質のそれ。

 

だからこそ、このパトロンモデルの実現は「教育」とセットでないと成立しない、と考えます。

確かに。

 

「インターネットの規則を考えるというのは世界の規則、世界のルールを考えるのと同じ」ということも言っていて、Open AIの動きを見てみるとまさにその通り、という感じ。

 

なんだか四方八方に散っているような感覚を抱くかもしれませんが、すべての方向性は「無料であるものに対価を払う」という方向性に向かうのだろう、ということです。

 

村上龍ぐらいアバンギャルドな世界観と物言いで、
この人がSF小説書いたら面白いだろうなぁ、とちょっとずれたことを思ったり。

 

糸井重里さんの『インターネット的』も含め、
「過去のインターネット未来予測」みたいな本はいくら読んでも面白いな~と。

長くなってきたのでそろそろこの辺で。

gigazine未来への暴言 山崎恵人 

 

※8月に毎日ブログを書く試み「ブローガスト」10日目の記事です。

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『わがタイプライターの物語 / ポール・オースター』を読んだ感想

Paul Auster×Sam Messerの絵本

図書館で、何気なく借りた『わがタイプライターの物語』というポールオースターの本がよかったので軽く紹介。

 

わがタイプライターの物語 ポールオースター著

ポールオースターのエッセイとサム・メッサーの挿絵が入った絵本みたいな一冊。

かくして私はわが古いタイプライターを使いつづけ、一九八○年代は一九九○年代になった。友人たちは一人また一人とマックやIBMに鞍替えしていった。
私は進歩の敵のように、誰もがデジタルに改宗したなかで最後に一人残った異端の徒のようになっていった。いつまで昔のやり方にしがみついてる気だい、とみんなから冷やかされた。

へそ曲がり呼ばわりされ、そうでなければ、反動主義、頭の固い老いぼれと罵られた。でも私は気にしなかった。
君たちにとってよいものが、僕にもよいとは限らないさ、と私は言った。いまのままで何の不満もないのに、どうして変えなくちゃいけない?

まあ確かに。

2005年の段階でもパソコンへの忌避はあったらしく、メールやインターネットはやってなかったらしい。

さすがというかなんとうか。

 

それまでは、わがタイプライターに、とりたてて愛着を感じていたわけではなかった。それまでは単に、仕事をするのを可能にしてくれる道具でしかなかったのだ。ところがこうして、それが絶滅の危険にさらされた種となり、二十世紀の書く人間の使った人工物の数少ない生き残りとなったいま、私はだんだん、タイプライターに対してある種の愛情を感じるようになった。
好むと好まざるとにかかわらず、我々が同じ過去を共有していることに私は思いあたった。時が経つにつれて、我々が同じ未来を共有してもいることを理解するに至った。

これたまに思うけれど、僕らが普段使っていて、
数十年後に使わなくなってしまう製品ってなんだろうね?と考えることがある。

スマホとかはもうなくなっているだろうけど、新しいデバイスがあるなら遠慮なくそっち使うだろうしな・・・。

 

サムはどこへ行くにも、かならずスケッチブックを持っていく。すさまじい勢いでひっきりなしに絵を描き、何秒かごとにスケッチブックから顔を上げて、目の前にある人なり物なりを細目で睨む。
サムと一緒に食事をするということは、彼が描く肖像画のモデルになるということなのだと、みんなが承知している。私も過去七年か八年、それを何度も何度もくり返してきたので、もう何とも思わなくなった。

まんまポールオースターの小説に出てきそうな話で、とても良い。

 

『ブルックリンの魔法使い / サム・メッサー作』

『わがタイプライターの物語 / ポール・オースター』を読んだ感想 サムメッサー

Paul Austerを描いたサムメッサーの絵、迫力あってすごいのよ、これが。

 

サムは私のタイプライターを我がものにしたのであり、少しずつ、その命なき物体を、固有の性格を有し、世界のなかで確固たる場を占める一個の存在に変えたのである。

いまやタイプライターは、さまざまな気分や欲望を抱えて、暗い怒りや潑刺たる悦びを表現するようになった。その灰色のメタリックなボディからは、ほとんど心臓の鼓動が聞こえる気がする。

柴田元幸さんの翻訳もちゃんとポールオースターの世界観ばっちり。

 

サムメッサーのタイプライターの絵

カマンベールチーズで練り上げたようなタイプライターの絵が怖美しい。

ちなみにサム・メッサーさんの絵は、ニューヨークのメトロポリタン美術館にも展示されてたりするらしい。

 

僕も一度だけ本物のタイプライターを打ちこんだことがあるんだけれど、

文字を打ち込むというよりは、叩きつけて印字する感じ、というのがその時の感想。

バシン!という感じで。

 

授業中にタイプライターで板書する、という有名なネタ動画もあるけれど、

そりゃあれだけ大きい音で響くよね・・・。

100年以上前の機械でもそのまま使えるってなんだかロマンがあるし、
映画『バイオハザード』や映画『シャイニング』でも使われるのは納得できるというか。

確かトム・ハンクスの趣味もタイプライター集めだったような?

 

ちなみに日本でタイプライターを買うといくらぐらいするんだろう…?と調べてみると、新品だと20~30万円ぐらいのお値段なんだそう。  

「ロマンだなぁ」と思いつつそっ閉じ。笑

全80ページほどの薄い一冊ですが、図書館で見つけたときは手に取ってみては。

オチもないけどこの辺で。

 

※8月に毎日ブログを書く試み「ブローガスト」3日目の記事です。www.nejimakiblog.com


2日目の記事はこちら。

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