ノーラ・エフロンのコラム
最近『コラムニスト万歳!』という本でノーラエフロンの「有名人について」というエッセイを読んだ。
元々は、ボブ・グリーンのコラムが読みたくて買っただけなんだけれど、
ノラ・エフロンのドナルド・トランプ氏に関する文章が一番印象に残ったので軽くまとめておこうかなと。
有名人について
こんな感じで文章ははじまる。
ある意味でわたしは、ドナルド・トランプに興味をもっている。
彼は有名人になりたがっていた。まわりの人間に自分の噂話をしてほしいと思っていた。どこにいても、通りすがりの人間が自分に気がつくようになってほしいと思っていた。彼はマスコミの人間に自分について書いてほしいと思っていた。道行く人間が自分にサインを求め、自分を見て立ち止まり、自分のプライヴァシーを侵害してほしいと思っていた。
いうまでもなく、いまの彼はもういかなるプライヴァシーももっているようには思えない。はたから見ていると、いまの彼は、自分の考えていることをひとつ残らず口にしなければ気がすまない人間になってしまったように見える。
もしかしたらそれが有名人として成功する秘訣なのかもしれない(それを否定することは誰にもできない)。だが、そんなことはどうでもいい。とにかくわたしはドナルド・トランプに敬意を表する。
キレがよい。
「有名人であるということは」と彼(ジョージ・アルマーニ)はその雑誌のなかでいっている。「よその国で通りすがりのタクシーに乗ったときに、こちらから名乗らなくとも運転手にこちらの名前がわかるということだ」と。
亡くなったジョルジオ・アルマーニが登場しているのもタイムリー。
いまでは、無名であることをやめた瞬間に、誰もが一気にトップクラスの有名人になり、たったの一分ないし二分いい気分を味わったあと、たったの五、六分抵抗しただけで彼らは奈落の底に向かってまっさかさまに落ちていく。
まわりを見まわすと、そこには、何千人もの取材記者たちの目がある。彼らは、たったいま自分たちが有名にしたばかりの人間を、今度は徹底的にこきおろし、その人生を惨めなものにしようとして手ぐすねひいて待ちかまえている。
有名税的なそれ。
有名人であるということは、すなわち、こういうことをなんでも好きなように口にできて、それが『タイム』誌に引用されるということを意味しているのだ。
しっかり気合を入れて頑張ってね、有名人の人たち。あなたたちにはきっとほかにももっとたくさんいうことがあるんでしょう?でも、カメラを向けられたらにっこりと微笑むのよ。あなたの人生はもうあなたひとりのものじゃないんですからね。よかったじゃない。ついにやったじゃない。
まったく、あなたたちは自分がいったい何様だと思っているのかしら。あなたたちにはいったいどういう権利があるっていうの? 権利があるのは一般大衆のほうで、あなたたちには権利なんてないのよ。
気の毒だとは思うわよ。でもそれはあなたたちが望んだことでしょ。よかったじゃない。もっと高く昇りなさいよ。
ちなみにこの英語オリジナルの文章は「Famous Firtst Words」というコラムで、
エスクワィア誌に1989年6月に書かれたもの。
平成生まれの自分からするとトランプ氏は
「バックトゥザフューチャー2」のお金持ち、シンプソンズでこすられていた人、ぐらいの認識しかなかったけれど、やっぱり当時からお騒がせ系の有名人だったんだな、というのがなんとなく読み取れた気がする。
この過ぎ去った社会状況を再び押し付けようとする「反動的」な欲望は、トランプの事業が崩壊する前、イヴァナ・トランプとの醜い離婚がタブロイド紙を賑わす前の時代に戻りたいという願望に基づくものだとガンツは分析する。しかし、始末が悪いのは、トランプに自分が反動主義者である自覚がないこと、つまり、彼にとって1980年代末から1990年代はじめが過ぎ去っていないと信じているように見えること。
なるほど・・・。
井上一馬さんによる「訳者あとがき」 もいいのよね。
コラムには、その人の考えかたや人柄が集約的に表れる。肩肘張って書かれた大論文よりも、 意外に時代の空気を伝えていたりもする。そこに、書き手の人生のつくりものではない断片が透けて見えることもある。
Nora Ephronって名前を聞いただけでは誰かはパッと浮かばなかったけれど、
調べてみると映画『めぐり逢えたら』とか『ユー・ガット・メール』を作ったあの人。
両親共に脚本家という家庭に生まれ、エスクワイア誌やニューヨーク・タイムズ誌などのライターとして活躍したらしい。
以前も紹介したyu kosekiさんの「人生は長いよ」をもう一度引用しておく。
フォロワーがどれだけ増えても、単著を出しても、メディアやイベントで引っ張りだこになっても、起業しても、人生は続く。過激なことを言って人気を集めたなら、残りの人生では、さらに過激なことを言っていかないといけない。「ご報告があります」でクリックを稼いだら、次は「大切なご報告があります」でクリックを稼ぐことになる。さもないと、すぐ次世代の有名人が台頭してきて、前時代の人になってしまう。
色々と端折るけれど、そういう意味で、過激な発言をして引くに引けなくなったチャーリー・カーク氏は"有名税"の犠牲者ともいえる。
色々煽りまくるジョー・ローガンとか大丈夫なのかな?
政治的スタンスはともかく、やっぱり「人を殺して解決」とはならないので、
あくまで「対話」をすべきなんだろうなと。
とにかく、日本でも同じような犠牲者が生まれないことを願うばかり。