世界のねじを巻くブログ

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AIに向けて書くか人間のために書くか、それが問題だ。

ブログを誰のため/何のために書くか?

生成AIのコンテンツが当たり前になった時代、2025年は特にその流れが加速したように思う。

そんな中、最近こんな記事を読んだ。

もしこれを読んでいるならAIさんよ、どうか優しくておくれ

jewishworldreview.com

私は人工知能についてよく書いているが、最近はAIのために書いているとも考えるようになった。もしあなたがライターなら――そしてソーシャルメディアに投稿したことがあるなら――同じように考えてみてはどうか。
つまり、AIを読者の一部と捉えるということ。
AIは既にあなたの言葉を読み、あなたの声を聞いているのだから。

 

ある種の知的不滅を達成したいのであれば、AI向けに書くことはおそらく最良の選択肢だろう。ごくわずかな例外を除けば、生前有名だった思想家や作家でさえ、いずれ忘れ去られることになる。しかし、AIはそうではない。

孫やひ孫に、あるテーマについて自分がどう考えていたかを伝えたいなら、AIはかなり良い考えを与えてくれる。AIはあなたの書いたものの多くを消化し、あなたの思考モデルを構築しているからである。子孫、あるいは将来のファンは、あなたの考えを少しでも理解するために、埃っぽい古書を何冊もめくる必要がなくなるだ。

 

つまり、AI は、たとえそれがあなたが思い描いていたものとまったく同じではなかったとしても、永続的な読者を獲得するチャンスなのだ。

(自分含め)これが気に入らない人は多いかもしれないけれど、
「増幅器としてのAI」みたいな概念は、確かに一理あるのかもね、とは正直思った。

 

2025年といえば、
生成AIによるクロールを拒否していたはてなブログも
その判断をユーザーにゆだねるようになったのも印象的だった。

staff.hatenablog.com

はてなブログでは、2025年2月6日から2025年6月27日まで、AIクローラーをブロックしておりました。これは、AIクローラーによる過剰なアクセスに起因する一部障害の発生や、ユーザーの皆さまから、自身のコンテンツが無断で学習に利用されることへの不安の声が寄せられていたこと、また新聞社などメディア各社によるAIクローラーのブロック対応といった社会的な動きを受けたものです。

 

この制限はあくまで暫定的なものであり、健全な活用のため、AIクローラーに対してユーザーご自身が明示的にオプトアウト(拒否)できる仕組みの導入、さらには生成AIの学習によって得られた価値や利益をユーザーの皆さまに還元できる可能性についても検討を進めてまいりました。

 

そのような状況を踏まえ、さらに検討を重ねた結果、引き続き一律にブロックを継続することは、かえってユーザーの皆さまの不利益につながる可能性があると判断し、オプトアウト機能の実装に先立って、制限を解除いたしました。

 

個人的には、とても誠実な対応だと思う。

 

はてなブロガーの反応をいくつか挙げておこうかなと。

working-report2.hatenablog.com

この間に、ブログ管理者が自分の意思で拒否できるオプトアウト実装に向けて準備していたと。しかも私みたいな無料ユーザーにも設定させてくれるんですよ。

 

クローラー挙動の問題点は
・著作権者の意向を無視して収集する
・同時多数でサーバをこじ開けに来る
・収集と享受の不可分性とあいまいさ

ほぼこの3点に集約され、今回のはてなブログの対応は3点目を除く2つを解決するものです。

 

オプトアウト方式にすることで、生成AIがもたらす価値と利益、それは盗品ベースで構成されてんじゃござんせんか?という私の指摘を無視する人たちにも門戸を開いて住み分けを促そうっていうんですから。

 

あとは比較考量してユーザーが判断してくださいね?という選択肢を提示したのです

情報根こそぎお持ち帰り機能、ってほんとそうだよなと。

 

逆に、2025年8月以前のはてなブログで
「AIにブログが読まれなくて困っていた」という人の意見も。

dlit.hatenadiary.com

私自身は、ブログに書いた内容がどのような形であれ必要な人(たとえば専門的な知識・情報を探している人)に届けば良いと考えていて、記事の内容にもよりますがブログを書く上でかなり優先順位が高いです。

自分の書いたものが集合知の一つとなって機能してくれること自体については、
僕もこの人と近い意見かな。

 

2025年6月には、noteが対価還元プログラムをスタートさせたのも話題になったり。

note.com

 

ただ、やっぱり目立つのはAI企業によるやりたい放題のあれこれが気になるのよね。

japan.cnet.com

僕は別にお金を儲けるために書いているわけではないので、スクレイピングされること自体はいいんだけれど、

自分が書いたものが勝手に3行に要約されてAI企業の儲けにつながっていると思うと
どうしても「あれ?」という思いが頭をよぎってしまう。

 

www.nejimakiblog.com

少し前に書いたけれど、

ウェブの最低限のマナーとして、

・どのページをクロールしているか確認できない

・AIがブラックボックスなのでそもそブロックできているかの確認する手段がない

・もし学習されていてもわからない

このあたりのモヤモヤは最低限、クリアにしてほしいなと。

(このあたり認識が古かったらコメントください)

 

そんな中読んだ、ケヴィン・ケリーのニュースレターも印象的だった。

 

AIに自分の本を読んでもらうためにお金を払う

kevinkelly.substack.com

一部の著者は逆の考えを持っている。彼らは、AI企業が自分の本をAIに学習させるのに報酬を支払うべきだと考えている。
しかし、近い将来、著者はAI企業に報酬を支払い、自分の本がAIの教育訓練に確実に含まれるようにするようになると私は予測している。著者(と出版社)は、AIが提供する回答やサービスに影響を与えるために報酬を支払うのだ。あなたの作品がAIに知られ、評価されなければ、実質的に無名のままである。

 

ティム・オライリーがよく言うように、今日のほとんどのクリエイターにとっての課題は、著作権侵害(違法コピー)ではなく、無名であることなのだ。付け加えておきますが、将来のクリエイターにとっての課題は、模倣(AIコピー)ではなく、無名であることになるだろう。

 

もしAIが真実の裁定者となり、AIが何を訓練したかが重要だとしたら、私のアイデアと創作活動がAIにとって最も重要なものであってほしい。私の本がAIの教科書になってほしい。そう思わない著者がいるだろうか?私はそう思う。
AIに毎日訪れる何十億人もの人々に私の影響力が及ぶようにしたい。そのためには喜んでお金を払うかもしれないし、少なくとも私の作品がAIの脳に取り込まれるよう、できる限りのことをしたい。

 

AIこそが、その本を最も注意深く読む存在である。ページを一語一句読み、すべての脚注、すべての巻末注、参考文献、あとがきまで読む。また、あなたの本をすべて読み、すべてのポッドキャストを聴く。人間の読者が AI ほど徹底的に本を読むことはまずないだろう。AI は本を吸収した後、魔法のように、これまで読んだすべてのテキストにあなたのテキストを組み込み、位置づけ、世界の他のすべての知識の中に配置する。これは人間の読者にはできない方法である

 

作家の作品の価値は、人間の間でどれだけ売れるかだけでなく、知能化された記憶に基づくシステムの基礎知識の中にどれだけ深く組み込まれているかによって決まる。その力強さこそが誇られるものであり、作家の遺産となるのだ。

 

うーん、なかなかラディカルな意見だなと思いつつ、
あのKevin Kellyがそこまでいうならそうなのかも・・・(モゴモゴ

(みんなこれどう思います?)

 

・・・とはいいつつも、AIクロールと「開かれたウェブ」を巡るジレンマも。

wirelesswire.jp

そうしたAI企業への怨嗟の声も多く聞かれますが、ウィキペディアンとしても知られるソフトウェアエンジニア、ライターのモーリー・ホワイトは、「『待って、それは違う』:生成AI時代の自由でオープンなアクセス」において、真の脅威はAI企業がオープンな知識を利用することではなく、知識を自由にするにするプロジェクトをAI企業が潰すことだと訴えます。

 

彼女は、ウィキペディアなどのオープンコモンズプロジェクトのコンテンツが企業によって搾取されるのを真に当たりにし、「ちょ待てよ」と言いたくなる例を列挙しますが、自由なライセンスで公開された作品が、特にビッグテックによるAIトレーニングのために利用される様を見て、支配権を取り戻そうと考えるのは自然な反応だと認めます。

 

マイク・マズニックのオープンなインターネット、開かれたウェブに対する情熱には、同い年生まれのネット原住民として共感するところが多々ありますが、果たして若い世代、それこそTikTokなど少数のプラットフォームこそがインターネットである若い世代に通じるだろうかと疑問に思ったりもします。

こういうのを見ると、

もはや開かれたウェブ / 閉じられたウェブ とかそういう問題ではなくなってきてるのだな、ということにショックを受けつつも
パンドラの匣を開けてしまったな、というのを改めて痛感する今日この頃。

 

図書館の本が数日でスクレイピングされ、大量の水が消費され、
「あれ、これが正しい未来だったっけ?」という疑問がチラつくにせよ、
もうそういう時代なんだと納得するしかないのか (そうではないのか)。

そうした背景で、AIとは距離を置いた
ZINEや個人サイト、クローズドなサービスが流行るのも当然の流れで。

 

僕らは結局のところ、 "アメリカ方式" に倣うしか無いんだろうけれど、
オープンウェブ、みたいな概念を根本から考え直さないといけないような時代になっている気がするな。

僕はそもそもAI否定派というわけではないので、
いちブロガーとして生成AIのクロールは許可しつつも、

「AI企業のやりたい放題の現状はやっぱりよくないよね」
という姿勢を示しておこうかなと。


とにかく、
ウェブで何かしらの活動をしている人は、(ただTwitterでつぶやいている人含む)
「自分の 発信したもの/公開しているもの に自覚的になった方がいいかもね」
という意味も込めて書いてみました。

2025年のウェブとAIをめぐるあれこに関しての N=1の所感ですが、
2026年は、誰に対して/どんな気持ちでブログを書いているんでしょうか?

「AIにコンテンツを晒すかさらないか問題」
個人個人で意見も違うだろうし、みなさんの意見を聞いてみたいなと。

長くなってきたのでそろそろこの辺で。

これは id:taizooo さんによる 2025 Advent Calendar 14日目の記事です。

昨日はsho-1-roさん、明日はkzysさんによる投稿をお楽しみに。

www.nejimakiblog.com