世界のねじを巻くブログ

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死亡記事の完璧な書き方とその魅力

お悔やみ欄という芸術

新聞紙のお悔やみ欄。
日本ではあまり真剣に読む人は少ない気がしますが、
去年、とあるきっかけからたまに目を通すようになりました。

そのきっかけというのが
ひとつは、NewYork Timesを購読をはじめた、ということ。
そしてふたつめは、ポール・オースターの小説『ムーン・パレス』を読んだこと。

 

ニューヨークタイムズ紙には、
Obituaries」というお悔やみ欄があり、
しかも結構な人気コーナーだったりもします。


※(Obituary (オビチュアリー)、
直訳すると「死亡記事、お悔やみ欄」という意味のことば)

 

NYTimesを購読をはじめた当時、
ちょうどローリングストーンズのギタリスト、
チャーリー・ワッツが死亡し。
その新聞記事がなかなかいい文章だったことや、

 

ポールオースターの小説に、
金持ちが若者に自分の死亡記事を書かせる、という
印象的な場面。

 

そんなこともあって、
僕はその頃から定期的にお悔やみ欄に目を通すようになったという感じ。

 

ほかにも、
『How To!』というSLATEから配信されているのポッドキャスト番組で
「How To WrIte The Perfect Obituary」(完璧な死亡記事の書き方)という
エピソードを聞き、この記事を書くに至りました。

 

ポッドキャストの冒頭にも語られているのですが、
死亡記事については、こんなジョークがあったり。

Every morning, I would actually look at the obituaries before I had breakfast. And as a joke I said if I was not in it, I would have the breakfast.

 

毎朝、ごはんを食べる前に死亡記事へ目を通すんだ。
もしそこに自分が載ってなかったら、
朝ごはんにありつけるぜ、って冗談を言いながらね。

- Carl Reiner (カール・レイナー: 映画監督・俳優)

 

日本の新聞だと、
訃報(ふほう)はわりかし淡泊に書かれる印象がありますが、
(瀬戸内寂聴さんのわりかし大きめに特集されてましたが)
ニューヨークタイムズのウェブ記事では、
かなり文量を割いて死亡記事がまとめられています。

 

いくつかざっくり紹介してみると

わりかし話題になったところでいくと、
「コロナ禍に新型コロナウイルスで亡くなった方を集めた特集」が印象的でしたね。

www.nytimes.com

 

NYTimesのページでは
下部に必ず死亡記事が掲載されており、

意外なことに、
日本人や日系の著名人もけっこうたくさん特集されていたりします。

そこではじめて名前を知る方も珍しくはなくて、
そういう意味でもかなり興味深くて。

 

最近でいくと、先月亡くなった、
デペッシュモードのアンディー・フレッチャー氏の訃報ももちろん掲載されてます。

Andy Fletcher, a Founder of Depeche Mode, Dies at 60 - The New York Times

“Andy Fletcher was the heart of Depeche Mode,”
アンディーフレッチャーは、デペッシュ・モードの心臓部であった。

“At Radio City, the audience stood during the whole show and constantly had to be kept from dancing in the aisles.”
ラジオ・シティーでは、観衆はショー全体を通して立っており、
通路で踊らないようにする必要があった。

「彼の鋭い音楽とビジネスの本能は、彼らの世代で最も人気があり影響力のあるバンドの1つになる手助けをし、ロックの殿堂まで彼らを運んだ。バジルドン出身の男の子にとしてはかなりの功績である。」

などこんな風に、
昔の周りの人の反応やインタビュー、キャリアの総括などをしていて
デペッシュ・モードをそれほど知らない人でも、
彼のすごさや功績がわかるように書かれています。

www.nejimakiblog.com

 

 

こうやって訃報を読む習慣をつけて思うのが、
ありきたりですが、
やはり"Memento Mori"(死を想え)ということ。

 

生活の発見 / ローマン・クルツナリック』にも書かれていましたが、
中世のヨーロッパだと、感染症は当たり前。
墓場が日常的にある生活で、死と隣り合わせの毎日だったそう。

 

日本だと文化的に「ケガレ」として
死を避けようとする風習があるように思いますが、

「開けた場で率直に死について語る」ということが、
現代には必要なのではないか、という作者の主張がすごく響きます。

 

こう書くと
多少不謹慎に聞こえるかもしれないですが、

他人の死を知ることで、
自分の命のありがたさを改めて実感する。

 

他人の死を知ると、いつもそれを実感します。

 

ただ悲しむだけじゃなく、
亡くなった方にむけて、
ユーモアと愛をこめてかかれる、

そしてその生涯を1記事ににつめこまないといけないという
美学というか、そんな魅力が死亡記事にはあるのかと。

ポッドキャストでも紹介されていた
死亡記事をコツ(いつ役にたつというのか・・・)を一応書いておくと、

ある程度その人についての説明を書いたら、
その人柄をあらわすユニークなエピソードを語るというのが定番なようです。
そして最後はその人の言葉を引用して締める、というパターンがわりかし多いみたいで。
 
 
Glenn Rifkinという方が、
ニューヨークタイムズのベテラン死亡記事ライターだそうで、
目を通すとやっぱり凄みのある内容が読めるので本当におすすめ。

当時の貴重な写真も見られて、
新たな視点を得られるのも死亡記事のよいところだったり。

 

こういうのを読むと、
はたして自分自身が何を残せるんだろう、と思ってしまいますよね・・・。

ニューヨークタイムズの死亡記事を集めた
『Book Of The Dead』という本もあるらしい。

 

若者に死亡記事を書かせる場面が印象的なムーンパレスもかなり面白いのでぜひ。

www.nejimakiblog.com

 

死を忘ることなかれ。