柴田元幸さん翻訳の名作
海外文学好きにおすすめの一冊『ムーンパレス / Paul Auster』について、
「文学ラジオ空飛び猫たち」というポッドキャスト番組でざっくり雑談しました。
軽く補足的なものと、感想をいまさらながら書いてみたいと思いいます。
アメリカの現代小説の入門にうってつけの小説なので、
秋の夜長に読んでみてください。
(※ここからネタバレ注意となります)
ということで、ムーンパレスに登場する、
個人的に気になった場所・作品などをざっとまとめていきます。(※随時更新)
MOON PALACE(中華レストラン)
タイトルの『ムーンパレス』、
これは実在したNYの学生街にある中華料理のレストランが由来。
実際どういう店だったのかについてはこの記事が参考になるかも。
Mourning Moon Palace, a Place to Eat and Be at Home - The New York Times
(※1991年1月26日の記事アーカイブ)
家賃の値上げに耐えきれず1991年に閉店。
古参の客の声のなかに、元教授の日本人が含まれているのも興味深いです。
おそらくポールオースター自身も
コロンビア大学生としてよくご飯を食べていたんだろうな、というのが
うかがい知れる記事でした。
主人公フォッグが占いクッキーで例のことばを引き当てるのもこのレストランです。
八十日間世界一周 / ヴェルヌ
フォッグ、という主人公の名前は
「80日間世界一周旅行」の本が由来。(と本文にも書いてあります)
僕もせっかくなので、ムーンパレス繫がりで
光文社古典新訳文庫)の新訳版(高野優 訳)を読んでみましたが、
フィリアス・フォッグという変わり者の主人にパスパルトゥーという若者が従う、という構図がまさにムーンパレスにおけるエフィングとフォッグの関係とまったく同じ。
ある種の偏執的な”こだわり”に振り回されるお偉いさんに主人公が振り回され突然世界一周旅行にいくことに。
この物語に影響された部分はかなり大きいのだろうな、と感じました。
ちなみにPBSによって新たに映像化されるとのこと。
ムーン・パレスも映画化しやすそうな物語な気がしますが、どうなんでしょう?
ブルックリンミュージアム
マッキム・ミード・アンド・ホワイト社の設計で、
コロンビア大学のキャンパスを設計した会社でもあるそうでうす。
なかなか斬新なデザイン。
ラルフ・アルバート・ブレイクロックの絵画「月光」
ラルフ・アルバート・ブレイクロックの絵画「月光」はこちらより見られます。
→ Brooklyn Museum
大きさは 68.7 x 81.3 cm ということで、
個人的には、想像していたより小さかったです。
この絵が称賛された理由としては、(絵自体の構図や描き方はもちろんですが)
「ネイティブアメリカンを"ドキュメンタリー扱い"していた他の画家から一線を画した作品」だったから、というのもひとつのポイントだったようです。
ここで改めて、
ムーンパレスの物語の背景を「侵略」という視点でみるのであれば
過去= ネイティブアメリカンがいたフロンティアへの侵略
現在= ベトナム戦争(他国への侵略)
未来= 人類の月面着陸(宇宙への侵略)
というまさに
「アメリカの侵略の歴史を背景にして繰り広げられる物語」
という見方をしながら読むこともできるのではないでしょうか。
ちなみに柴田元幸さんはあとがきにてこう書いてます。
実在の異色画家ラルフ・ブレイクロックの描く月は、逆に、アメリカが失ってしまった世界を包んでいた調和の中心だ。あるいはまた、超肥満体歴史学者のつるっ 禿げの頭もどこか月を思わせる・・・・・・ 位置427 あとがきより
四つ辻
エフィングが砂漠をうろうろしている間に出てくる四つ辻こと「Four Corners Monument」。
世にいう 四つ辻 ってやつだよ、ユタ、アリゾナ、コロラド、ニューメキシコの四州が交わるところだ。どこにも増して、あそこがいちばん不思議な場所だった。あれは夢の世界だった。 224ページより
アリゾナ州にある「フォーコーナーズモニュメント」。
モニュメントバレーの近くにある名所。
4つの州の境界線なため、こんなモニュメントが作られています。
本文では「四つ辻」とさらっと出てきますが、
アメリカ人だとこのあたりの地理感や情景が頭の中に浮かんでいるんでしょうね・・。
ちなみに洋書のペーパーバック版は表紙がモニュメントバレーの写真になっていて、
この西部開拓史の象徴的なイメージをわざわざ使ったということはつまりそういうことなんだと思います。
NewYork Timesの死亡記事
フォッグがエフィングに死亡記事を読まされるシーンも印象的でした。
朝のニュース六読の締めくくりはいつも、死亡記事を精読する作業だった。
182ページより
日本でいう「お悔やみ欄」ですね。
僕自身、ムーンパレスを読む前に、
ローリングストーンズのドラマー・チャーリーワッツの死去から、
死亡記事に目を通すようになりました。
まさにそれからちょうど一週間後ぐらいに『ムーン・パレス』を読んでいると、
NewYork Timesの死亡記事に関する話が出てきたので、
その偶然の一致にびっくり。
ニューヨークタイムズのお悔やみ欄は人気のコーナーでもあるそうです。
・・・ちなみに一例をあげておくとこんな感じの記事。
ローリングストーンズのドラマー、チャーリー・ワッツ。 重苦しくなりすぎずに、その人の功績や人柄が見える内容で、知らない人でも楽しめるはず。
月と6ペンス / サマセットモーム
これはあくまで個人の勝手な意見なのですが、
おそらくサマセットモームの『月と6ペンス』も参考にしたのではないかな?
と思ったりしてます。
改めて比較するとこの2作品には共通点がかなりあって、
・人生を絵に捧げるほどの画家
・"未開の地への侵略"という裏テーマ
・傲慢で頑固な変わり者、という似たキャラ設定や性格
・物語中に死を迎える
・・・などなど、ストーリーとしてはかなりそのまんまな感じ。
これもポッドキャストで話そうかと思っていたのですが、
あまりにも時間がオーバーしすぎていたのであまり話せず。
(あと『アルケミスト』とかも似通った部分がある気も?)
この物語はまさにベトナム戦争が起こっている真っただ中で、
物語中、何度も言及されます。
そして「それは人類がはじめて月を歩いた夏だった。」という書き出しも、
あきらかに宇宙への侵略の一歩を書いたもので、
エフィングの西部劇さながらの冒険劇も、ラスト主人公が大西洋にたどりつくところも
ネイティブアメリカンを思い出さずにはいられないし。
また、
アメリカ史をちらつかせながら偶然が絡み合い、
物語が動いていくストーリー『フォレストガンプ』とも似てるのでは?と思ったり。
でもとにかく、「ムーン・パレス」という言葉は、神託の持つ不可思議さと魔力とをもって、僕の心にとり 憑 くようになった。その言葉のなかで、何もかもが一緒くたに混じりあっていた。ビクター伯父さんと中国、宇宙船と音楽、マルコ・ポーロとアメリカ西部。761ページより
月はいったい何をあらわすのか、を各々で考えながら読むのもこのテーマの魅力のひとつかと。
『トゥルー・ストーリーズ』と偶然性
この物語は「偶然性」がキーであり、いくつもの偶然が話をグイグイ進めていきます。
ポールオースター自身の経験を元に驚くべき偶然の連続を綴る、
『トゥルー・ストーリーズ』のなかの「赤いノートブック」中短篇。
オニオンパイを落としてしまう描写は、
MoonPalaceの卵を落とす描写とそっくりなので、
こうやって実体験を小説にうまく活かすのがうまい作家なんだなぁと思いました。
ムーンパレスの話の筋だけを追うと、すごく強引なように思える場面もありますが、
僕自身の人生を振り返ると、ほんとにいろんな偶然が積み重なって
今の自分があることに気づいたり。
偶然は偶然ではなく、必然そのものなのではないか。
そんなことを気づかせてくれる小説でした。
翻訳に関する雑感
柴田元幸さんの正確かつ丁寧で、原文の空気感を失わない日本語訳はほんとすごいな、と。
例えばでいうと、
グレート・ウォー = 第一次世界大戦 とルビが振られていたり、
あらゆるところで読者に寄り添った訳をされてるんだな、
と英語版と比較して改めて思いました。
フォーチュンクッキー = 占いクッキー
いまだとAKB48の曲のおかげでフォーチュンクッキーの知名度が上がっているので、
今翻訳するならば、そのままカタカナで訳されるだろうなぁと思ったり。
多読のテキストとしても、
アメリカ文化を知る一冊としてもほんとによい一冊でした。
ポールオースター自身が「私がいままで書いた 唯一 のコメディ」とするこの小説ですが、最初から最後まで楽しめるので、秋の夜長に(もう冬に差しかかってますが)
『ムーン・パレス』読んでみてはいかがでしょうか?
・「文学ラジオ 空飛び猫たち」のPodcast番組
ねじまきラジオでも「文学ラジオ空飛び猫たち」とのゲスト回を配信中です。
→ 文学ラジオ空飛び猫たちさんと読書について語る回 - 世界のねじを巻くラジオ |
※追記(2024.2.17): インディーゲームソフト『ファミレスを享受せよ』の舞台として登場するファミレスの名前がなんと「ムーンパレス」。
そういう影響の仕方もあるんだな・・・という追記でした。