【ゲイが登場する短編小説】
もうすぐ村上春樹さんの長編小説が発売されるということで、僕が特にお気に入りの短編小説を一つ紹介したいと思います。
今回紹介するのは『東京奇譚集』から「偶然の旅人」というタイトルの短編小説。
ゲイやジャズが冴える名作です。
エッセイ・旅行記を除き、彼の小説では比較的珍しく、
村上春樹本人がストーリーを物語る構成ということも特筆すべきでしょう。
【同性愛者の生活】
話はまず村上春樹自身が体験したジャズ絡みの2つの「不思議な出来事」からスタートします。
ここも詳しく書きたいのですが、長くなるのでこの部分からの紹介は割愛。ジャズリスナーの方はぜひ、とだけ書いておきます。
この短篇のメインのあらすじ・ストーリーを一言で表すと、
「ピアノの調律師であるゲイ男性の主人公の生活を描いた話」と言えます。
同性愛者といえども、一般の方が想像するような「ゲイらしさ」とははかけ離れた、「東京で生活する善良な市民」のようなイメージで主人公は描かれます。
ローンの返済もおおむね終わっており、自然食の調理にも精通し、週に五日のジム通いを続け、パートナーともうまくやっているという「模範生」的な設定です。
また、セックスを象徴的に描くことで有名な作家としては意外なことに、
この短編では一度も男性同士のホモセクシュアルな性行為は描かれません。
書店のカフェでディッケンズの『荒涼館』を読んでいると声をかけてきた女の子との交流や、主人公が過去にカミングアウトし、
彼女だけでなく友人や家族ともぎくしゃくしてしまうというが描かれたりもします。
あまり説明しすぎると、作品自体をスポイルしてしまいそうなので、僕のお気に入りの文章を紹介したいと思います。
風当たりがきつい時代にも関わらず、
カミングアウトして活動していたプーランクという作曲家に関して主人公が語る場面。
彼はまたこんな風に言っています。
『私の音楽は、私がホモ・セクシュアルであることを抜きにしては成立しない』と。
彼の言わんとするところはよくわかります。つまりプーランクは、自分の音楽に対して誠実であろうとすれば、自分がホモ・セクシュアルであることに対しても、同じように誠実でなくてはならなかったのです。
音楽とはそういうものですし、生き方とはそういうものです」『東京奇譚集』より P18-19
【セクシュアル・マイノリティー:他の作品では?】
実は、村上春樹の作品の中でセクシュアルマイノリティーが描かれるのはそれほど珍しいことではありません。
『海辺のカフカ』のトランスジェンダー的な大島さんという登場人物をはじめ、『1Q84』でも二人の女性の性行為やハードなゲイ男性、
『ノルウェイの森』『色彩を持たない田崎つくると、彼の巡礼の旅』でも同性愛的なエピソードが描かれるなど、
挙げればキリががないほど幾度となく複雑な「性」が顔を現します
特に小説『スプートニクの恋人』ではすみれというレズビアンの女性と、
ミュウという女性との関係をメインにストーリーが展開されます。
プレ放送:『村上RADIO』村上春樹のラジオで流れた曲まとめ
他にも、村上さんの発言も見逃せません。
村上春樹さんがHPで質問を募り、それに一つずつ回答した文章を本にした『村上さんのところ』では同性愛について下記のように答えています。
同性婚は賛成? 反対? 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』では同性愛についても描かれていましたが、村上春樹さん自身は同性愛についてどうお考えですか? 同性婚については賛成ですか? 反対ですか? ちなみに僕は同性愛者です。 (otokonokoto、男性、31歳、アーティスト)
『村上さんのところ』より location 1272
上記のホモセクシュアルな男性の質問者からの問いに対して村上さんの反応は。
僕はゲイのともだち、知り合いがけっこう多くて、ここのところまわりで同性婚がいくつか続けてありました。もちろんアメリカでの話です。結婚できて、みんなとても幸福そうでした。よかった。というわけで、僕は同性婚に賛成派です。
村上春樹拝
location 1276
「同性愛だからどう」、と区別して考えるのではなく、
「幸せならいいじゃないの」的な回答は非常に好感が持てます。
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また、カミングアウトに悩むレズビアンからの質問も、下記のように回答。
僕の知り合いにもレズビアンの人はいます。でも日本でカミングアウトするのはとてもむずかしいですよね。できればいいんだけどね。残念ながら今のところ、僕にも忠告のしようはありません。
でもとにかく人を好きになれるというのは素晴らしいことです。
その気持ちを大事にしてください。
村上春樹拝 Location 2075
アメリカ・ヨーロッパに何年も在住経験のある作家であるため、当然といえば当然なのですが、上記のようにLGBTQにも理解のある村上春樹さん。
何十カ国という国で翻訳される世界的小説家ですが、
どういった人にも寄り添う真摯な姿勢が、
世界中の読者の心を引きつける理由の一つなのではないでしょうか。
今回は『東京奇譚集』という短編集から「偶然の旅人」はというおすすめ作品を紹介しましたが、この短篇集はそれだけでなく、
ハワイの異国情緒を爽やかかつ悲しく描いた「ハナレイ・ベイ」や
名前の喪失がテーマの「品川猿」などの余韻の残る短編が数多く含まれる名作です。
ハルキの短編集の中で三本の指に入る出来といえるでしょう。
村上春樹の作品を読んだことがない、という方もぜひ。
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村上春樹の短編小説はKindleでも出版されています。
ポッドキャストはじめました。
「こいつどんな声しとんねん!」と思った方はぜひ聴いてみてください。
村上春樹さんについても熱く語ってます。
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